11月号特集)株式会社豆乃木
対等な取引がもたらす事業拡大と未来への展望
生産者の人生を背負うフェアトレード
大手商社が9割以上を占める日本のコーヒー生豆輸入において、自社での直接輸入を続ける株式会社豆乃木。代表の杉山世子氏が世界各地の農園に通い、農薬・化学肥料不使用で育てたスペシャルティコーヒーを仕入れる。生産者や顧客と真摯に向き合う姿勢から、「エシカルであることが当たり前」とする経営のあり方が見えてくる。
「エシカル(Ethical)」とは
直訳すると「倫理的な・道徳上の」という意味を持つ言葉。ビジネスにおいては「人や地域、地球環境にやさしい考え方や行動」を指す。例えば、環境に配慮した素材を選ぶことや、地産地消、伝統技術の継承、フェアトレード製品の取り扱いなどもその一つ。
エシカルを意識したことはありません。それは当然のことだから」と語る、豆乃木代表の杉山氏。途上国のコーヒー農園から、生豆を適正価格で輸入するフェアトレードを行い、国内向けに卸売りや小売販売をしている。
「コーヒーに携わるなんて思ってもいませんでした」そう笑う彼女の原点は、青年海外協力隊員として滞在したアフリカにある。活動をする中で雇用の重要性を感じた杉山氏は、28歳で大学に入学。開発途上国支援を学んだ。
在学中は、メキシコで有機栽培に取り組むマヤビニックコーヒーの生産者を支援し、焙煎やカフェ運営のノウハウを伝える活動に取り組んだ。しかし、静岡のある茶農家の言葉が彼女の人生を変える。
「生産者は支援よりも買ってもらえるほうがうれしい。杉山さんは、そのコーヒーを買ったの?」
この時初めて、自らは購入のリスクを負わず、安全な立場から生産者の自立を語っていた自分の欺瞞に気づいた。そこで大学卒業後の2011年、神奈川県で豆乃木を起業し、メキシコの生産者と対等な立場で輸入を始めたのだ。
生産者との信頼関係を構築し危機を乗り越え事業を拡大
起業当初は、豆の輸入を専門業者に委託し、国内で卸売りをすることから始めた。販路を広げつつあった2014年、世界的なコーヒーさび病による収穫量の減少に直面。「売るものがないのなら」と、杉山氏は2カ月間メキシコに滞在し、生産者と対話を重ねた。これが、今に続くパートナーシップの根幹になっている。
国内では、コーヒーセミナーやドリップバッグコーヒーのOEM製造を企画した。豆に付加価値を付けた提案によって苦境を脱し、2017年には杉山氏の故郷である浜松市に作業場を設立して移転。自社単独での豆の輸入を始め、ECサイトを拡充することで売り上げも増加した。
ペルーやインドネシアの農園が取引先に加わり、2025年には輸入総量46トン、年間売上高1億円を超えるほどに成長。同年に実施した輸入資金を募るクラウドファンディングでは、1800万円を集めるなど多くの共感を得た。
上質なコーヒー豆を仕入れるために
同社が一貫して変えないのは、杉山氏が毎年現地の農園を訪れ、適正価格で買い続ける姿勢だ。「今年は買う。でも来年は未定」では、農家は将来を思い描けない。さらに彼女は言う。「現地で50kgものカゴを背負って急斜面を上る手摘み作業を実際に見ています。有機JAS認証を取得し、農薬・化学肥料不使用で育て、天日乾燥で丁寧に仕上げている豆ですから、絶対に買い叩けない」
この誠実な取り組みにより、生産者にも変化が生まれている。彼らが自発的に新たな挑戦を始めたのだ。例えば、ペルーで生産者協働組合長を務める24歳の男性は、新品種や精製方法への挑戦を「楽しくて仕方ない」と語り、浜松へサンプルを送って熱心に感想を求めてくる。一方、ペルーの女性農家は、収穫まで3年以上かかる品種の新規栽培を提案してくれた。
杉山氏が農園を訪れることによる緊張感が品質を保つのはもちろん、生産者たちの挑戦がさらに豆の質を高め、「フェアトレードコーヒーっておいしいんだ」という認識を広げている。それが、顧客のリピート購入にもつながる。
人に対する透明性と責任感
生産者に対する取り組みと同様に、杉山氏は顧客への姿勢にも公正であることを貫く。他者のフィルターを通さず、自分の言葉で真実を伝えるために、農園の状況、商品の魅力、価格の根拠、会社の姿勢を日々ブログや動画サイトで発信している。関わる人すべてと正面から向き合う。ここにエシカル経営の本質が見て取れる。
2011年に一人で立ち上げた豆乃木は、14人のチームへ成長した。今年9月には、名古屋市の「JICA中部センター」内に初の実店舗となるフェアトレードショップを開店し、浜松を含む中部地方のフェアトレードタウンをつなぐ基地として始動している。
彼女の最終目標は、青年海外協力隊員として訪れた原点、アフリカの生産者から直接、豆を仕入れること。生産者の人生を背負うパートナーとして取引を続けながら、一歩ずつ夢に近づいている。
コーヒー生豆の輸入卸売・通信販売
株式会社豆乃木
杉山世子 代表取締役
2000年から青年海外協力隊の活動を始め、ジンバブエ、ケニアなどアフリカ4カ国に赴任。2007年に慶應義塾大学総合政策学部に入学。卒業後の2011年に株式会社豆乃木を設立。生産者からスペシャルティコーヒーを輸入し、舞阪の事務所を拠点に卸売、ECショップでの販売を行う。
浜松市中央区舞阪町
HP:https://www.hagukumuhito.net/