10月号特集)カスハラ防止条例施行と義務化への備え
これまで担当者個人の経験や判断に委ねられることが少なくなかった顧客対応。しかし法改正を機に、そのあり方は大きな転換点を迎えている。組織として備えるために何が必要なのか。判断の考え方や取引先との向き合い方、経営者が担うべき役割について専門家に聞いた。
従業員と企業を守る、これからのリスクマネジメント
組織的なカスハラ対応体制の整備を
店舗や電話窓口で「土下座しろ」「責任者を出せ」と大声で暴言を吐くー。顧客・取引先の立場を利用して、威圧的に振る舞ったり理不尽な要求をしたりする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題となっている。今やカスハラ対策は「もしもの備え」ではなく、従業員を守り、企業の信頼性を高めるための取り組みだ。今年4月に静岡県カスタマーハラスメント防止条例が施行され、法改正により10月から中小企業を含む全ての事業者で防止措置が義務化となった。本特集では、中小企業が今から取り組むべき対策の第一歩を分かりやすく解説する。
従業員の生命や健康を守る「安全配慮義務」は、これまでも企業に課されてきた。だが今回の法改正では、カスハラが起こるたびに個別対応するのではなく、組織としてあらかじめ防止措置を整えることが明確に求められるようになった。
以前は、担当者がうまく対応してくれたらよいという、属人的な対応が散見されていた。「しかし今後は、経営者が方針を示し、相談体制や報告ルート、対応基準、記録方法などを仕組みとして整備することが必要です」。そう話すのは、SOMPOリスクマネジメントのHRガバナンスグループリーダーの西彩奈氏。
対応の遅れが経営リスクに直結
カスハラへの対応が後手に回ると、まず懸念されるのが従業員の健康被害だ。強いストレスから精神疾患を発症し、業務との関連性が認められれば、労災認定につながる可能性がある。会社が被害を把握しながら適切な対応を取らなければ、安全配慮義務違反として損害賠償を請求されることも考えられる。
こうした対応の遅れは、当事者だけでなく周囲の従業員にも波及する。「『会社は守ってくれない』という不信感が広がれば、モチベーションの低下や離職につながりかねません」と指摘するのは、同グループコンサルタントの石澤智恵氏。
近年はSNSや口コミサイトを通じて職場環境の評判が広がりやすく、企業イメージの低下は採用活動にも影響しかねない。担当者ごとに対応が異なれば、顧客とのトラブルの長期化や、過大な補償につながる恐れもある。カスハラ対策は労務管理にとどまらず、事業継続や企業の信頼を守る取り組みとして考えることが重要だ。
取引先との関係にも潜むカスタマーハラスメント
「正当なクレーム」と「カスハラ」の境界線は、二つの観点で判断すると良いという。
一つ目は、要求内容に妥当性があるかどうか。商品の不具合や説明不足など、正当な理由がある場合には、誠実に対応する必要がある。二つ目は、その要求の伝え方や態度が、社会通念上相当かどうか。
要求内容が正当でも、暴言や脅迫、人格否定、土下座の要求、必要以上の長時間拘束、同じ要求の執拗な繰り返しは、カスハラに該当する可能性がある。「拘束時間が◯分を超えたらカスハラ」といったように、機械的な基準だけで判断するのではなく、内容や回数、継続性、従業員への影響を総合的に判断することが重要だ。
「暴力や脅迫などの犯罪に該当し得る言動は、警察への通報も含めた即時対応の方針を定め、社内に周知しておく必要があります」(西氏)
カスハラは接客業に限った問題ではない。厚生労働省の定義では、対象は一般消費者だけでなく取引先も含まれる。品質への不満を理由に担当者を長時間叱責したり、メールや電話で人格を否定したりする行為は、法人間のやり取りであってもカスハラに該当する可能性がある。
すなわち、製造業や建設業といったBtoB企業でも、自社が取引先にカスハラをしてしまうリスクがある。不当な要求や言動は、取適法をはじめとするコンプライアンス上の問題にも発展しかねない。
「自社は接客業ではないから関係ない」とは考えず、取引先とのコミュニケーションのあり方も見直す必要がある。
ルールより大切な経営者の姿勢
対策の最初の一歩は、経営者が「従業員を守る」という方針を明確に示すことだ。重要なのは、「カスハラを禁止します」と一方的に伝えるのではなく、経営理念やビジョンに基づき、「お客さまとより良い関係を築くため」「従業員が安心して働ける環境を整えるため」など、目的を自らの言葉で伝えること。
「ホームページでの公表は必須ではなく、まずは社内に向けて姿勢を示し、従業員に周知・啓発することが重要です」(石澤氏)
その上で実態を把握し、マニュアルや研修を整えていく。「詳細なマニュアルを作り込むよりも、相談先、判断基準、緊急時の対応、記録の方法など、現場が迷わないための基本的なルールを決め、共有することが大切です」(石澤氏)
カスハラ対策は、顧客を排除する仕組みではない。「正当な苦情や要望をしりぞけるものでもなく、顧客の権利と従業員の安全、その両方を守る『経営基盤』だと考えています」(西氏)
中小企業では「大事なお客さまだから」と、現場に無理をさせてしまうケースも少なくない。短期的には乗り切れても、その積み重ねが休職や離職につながれば、企業にとって大きな損失になる。
法改正は、職場環境や顧客との関係を見つめ直すきっかけにもなる。現場の声を拾い上げれば、これまで見えていなかった課題や改善点が見つかることもある。カスハラ対策を「クレーム対応」で終わらせず、持続的な事業運営を支える取り組みとして捉えること。それが、従業員に選ばれ、地域や取引先から信頼される企業につながっていく。
●「カスハラ対応実践マニュアル」も公開中!
こちらのページからPDFをダウンロードしてご覧ください。
HRガバナンスグループリーダー
上級コンサルタント
西 彩奈氏
HRガバナンスグループ
コンサルタント
石澤智恵氏
SOMPOリスクマネジメント株式会社
全社的リスクマネジメント(ERM)をはじめ、サイバーセキュリティー対策、防災・減災、人的・労務リスク対策など、幅広い分野で企業を支援。課題の本質に向き合い、計画策定から実行・定着まで伴走するコンサルティングを強みとしている。
東京都新宿区西新宿
HP:SOMPOリスクマネジメント株式会社