3月号特集)関係づくりから考える、若者と企業の新しい採用のかたち(天竜厚生会)
関係づくりから考える、若者と企業の新しい採用のかたち
福祉の専門性を生かした関わり方
人材定着のための寄り添うサポート
採用は、企業が人を選ぶ行為であると同時に、若者が社会と出合う最初の入り口でもある。天竜厚生会では、生徒の背景や不安に目を向け、働く環境そのものを整える支援を行ってきた。 段階的な雇用形態と、日頃からの関わりを大切にするスタイルが、人材定着へとつながっている。
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天竜厚生会がこの事業に参加した背景には、2018年から独自に継続している「定時制高校を対象とした福祉教育事業」がある。
これは、若年者雇用に関する地域課題への対策として開始した取り組みだ。福祉に対する理解を深め、その仕事を知ってもらうための活動だが、「就職」にまでは結び付かず、もどかしさを感じていた。
「職業認知はできていましたが、このマッチング事業に参加することで、教育・福祉・経営がうまく連携できるようになった」と語るのは、天竜厚生会で人事を担当する櫻田氏だ。
生徒に寄り添う柔軟な雇用形態
天竜厚生会の採用プロセスは、生徒一人一人の状況に合わせた柔軟な対応が特徴だ。
浜名高校定時制を卒業し、正規職員として入職した川島さんとミナミさん。二人は定時制3年生の11月に行われた企業説明会で天竜厚生会と出合い、翌年の2~3月に同会を見学。4年生の夏ごろから、それぞれの状況に応じた雇用形態で就労をスタートした。
川島さんは、アルバイト経験も社会人経験もなかったため、まずは週3日・短時間のアルバイトから働き始めた。配属先も、自宅から自転車で通えるデイサービス事業所とし、通勤の負担を抑えた。
「介護の技術以前に、生活リズムや職場でのコミュニケーションなど、社会人としての基礎力を身に付けることを優先しました」(櫻田氏)
一方、ミナミさんは過去に介護職の経験があったものの、家庭の事情などから、経済的な安定と学業の両立が欠かせなかった。
そこで天竜厚生会は、高校生では異例となる「準職員」としての雇用を決定。準職員は月給制で安定した収入が見込めるほか、夜勤手当により収入面の上積みが見込める。夜勤は週末や学校の長期休暇に限定し、学業に支障が出ないように配慮した。
社会福祉法人ならではの理念が 企業と生徒の信頼を生む
在学中に実際の職場で働く経験は、生徒と天竜厚生会の双方にとって大きな意味を持った。
生徒は、職場でのコミュニケーションや責任感、時間管理など、学校生活では得られないスキルを在学中から養うことができる。また、事前に職場の雰囲気や人間関係、仕事の厳しさ、やりがいを実体験することで、「思っていたのと違った」という入職後のギャップを解消することにもなった。
天竜厚生会側にとっても、入職前の就労期間は重要な意味を持つ。面談や日々の働きぶりを通じて、正規職員としての適性を慎重に見極められるからだ。
将来入職する施設で実際に働く一気通貫のプログラムであるため、入職時にはすでに業務や人間関係になじんでいる。結果として、スムーズに業務を始められ、教育研修期間の短縮にもつながっている。
このような柔軟な環境づくりの背景には、社会福祉法人としての理念がある。採用活動を「人を選ぶ」プロセスではなく、「本人と、その本人を取り巻く環境にアプローチして課題を減らす」という福祉的支援の視点を大切にしていることが特徴だ。生徒はそれぞれに様々な背景を抱えているが、環境を整えることで潜在的な能力を発揮できるようになった。
一方的に指導するのではなく、生徒の状況を常に把握し、本人のペースに合わせて伴走する。その積み重ねが、早期離職のリスク低減にも寄与している。
二人は現在、国家資格である介護福祉士の取得を目指している。在学中の就労が、受験要件となる実務時間にカウントされるため、同年代よりも早く資格取得を目指せる点も大きなメリットだ。
「最近では、彼らが母校においての福祉教育や企業説明会で、介護職のやりがいや将来の目標を語るようになり、専門職としての意識が芽生え始めているのを感じます」と櫻田氏はうれしそうに話す。
周囲全体で支える関係が 若者の未来を開く
このマッチング事業を支えるのが、企業と高校との密な連携だ。会社見学には教員が必ず同行し、雇用条件や学業との両立について、企業と生徒の間に入って調整を行ってきた。
天竜厚生会も、交通手段がない生徒には会社見学時の送迎を申し出るなど、学校側への協力を惜しまない。生徒が安心して一歩を踏み出せたのも、天竜厚生会と学校の両者が連携する体制があったからこそだ。
この事業は、不安定就労に陥りがちとされる定時制高校の生徒、とりわけ外国にルーツを持つ生徒に対し、安定した正規雇用への道を開いた。地域の若者のキャリア形成と、職場における人材育成の両面で、確かな成果を生み出している。
「採用は目的ではなく、地域の若者が安心して働けて、安定した生活基盤を築くための一つの手段です。その結果として、人材が育ち、定着していく」と櫻田氏。天竜厚生会の事例は、若年者の就労問題の解決の担い手に、企業がなり得ることを教えてくれる。
社会福祉法人天竜厚生会
総務部 人事課 櫻田直希 主任
静岡県内に260以上の事業を展開し、高齢者、障が い者、子ども分野をはじめ、医療、リハビリ、生活 困窮者支援、国際貢献まで、地域の暮らしを多角的 に支えている。2018年からは定時制高校を対象と した福祉教育事業を実施し、次世代を担う人材の育 成と、地域に根ざした福祉の実践を進める。
●浜松市天竜区渡ヶ島
HP:https://www.tenryu-kohseikai.or.jp/