12月号特集)育児・介護休業法改正と中小企業のこれから
義務化の先にある企業成長のヒント
今こそ、働き方を変えるチャンス
法改正を起点に“選ばれる会社”へ
改正された育児・介護休業法は、特に中小企業にとって就業規則や労務管理の見直しなど、実務的な対応を迫られる。一方で、労働力人口が急減する時代に向けて、持続的成長へと転じる転換点にもなり得るものだ。働きやすい環境づくりを、「採用力の強化」「生産性の向上」「組織風土の改革」につなげる絶好のチャンスとしたい。
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育児・介護休業法(以下、育介法)は、少子化対策の「育児」と高齢化対策の「介護」という、人生の両端をカバーする珍しい法律だ。少子高齢化や働き方の変化に対応するため、数年ごとに大幅な改正が繰り返されてきた。
今回の改正の背景には、深刻化する労働力不足への危機感がある。出生率は回復せず、団塊世代のリタイアによって労働力人口の急減は避けられない。「ある試算では、2050年には日本の人口が9500万人まで減少し、事業所数の4分の1が淘汰される可能性がある」と話すのは、社会保険労務士法人杉浦会代表社員の杉浦孝晴氏だ。
女性の社会進出や法整備の進展により、共働き世帯は全体の約7割に達した。ワークライフバランスを重視する若年層が増え、企業の育休取得率は採用活動における重要な判断基準になっている(下図参照)。
さらに、介護を理由に年間約10万人が離職。特に管理職世代でその割合が高く、企業にとっては優秀な人材の損失に直結する深刻な問題だ。
こうした状況を背景に、育介法の改正は、育児や介護による離職を防ぎ、労働力を確保するための施策として位置付けられている。
全ての企業が対象に 求められる「ルール整備」
今回の改正では、企業に制度設計と体制整備の両面で、より能動的な対応を求めている。一つは「ルール整備の義務化」だ。
育児期(3歳から小学校就学まで)の子を育てる男女問わず全ての従業員に対し、企業は国が提示する5つの選択肢①始業時刻等の変更②テレワーク等(月10日以上)③保育施設の設置運営等④養育両立支援休暇の付与(年10日以上)⑤短時間勤務制度の中から、2つ以上の措置を導入しなければならない。
この義務は企業規模を問わず、従業員が1人でもいれば適用される。しかも、現時点で対象となる従業員がいなくても、将来の入社者に備え規定を整えておく必要がある。「就業規則の作成・届出義務がない10人未満の企業も対象となるため、これまで規定がなかった多くの零細企業にとっては実務的な負担が非常に大きい」と杉浦氏は指摘する。
形式対応から、対話・実践へ
もう一つの大きな改正点が、従業員への「個別の意向聴取と配慮」の義務化である。
企業は従業員からの申し出を待つのではなく、従業員本人または配偶者の妊娠・出産時、あるいは従業員が特定の年齢に達した際に、①利用できる制度の説明②制度を利用するか意向を聴取③意向を踏まえた配慮を行う必要がある。
「この義務は単なる説明にとどまらず、従業員からの返答を受け取り、その内容に応じて企業側がさらなる対応を検討する必要があります。専門知識がなければ対応が難しく、規定整備以上に重たい改正といえます」と話すのは、副所長の内山広也氏。
対応の遅れが企業の命取りに
杉浦会の関与先で改正育介法への対応が進んでいる企業は約3割にとどまる。「圧倒的に進んでいないのは就業規則の作成・届け出義務がない企業です。社労士が関与している企業は全国でも約4割と半数にも満たないため、自社で対応している企業はお手上げといった状況です」(内山氏)
対応を怠った場合には、行政指導の対象となる他、従業員から男女雇用機会均等法などに基づく権利行使を受ける可能性もある。こうした法的リスクに加え、経営上のさまざまな影響が想定される。
とりわけ採用への影響は大きく、育休取得実績の有無、特に男性の育休取得実績は、若年層の求職者が企業を選ぶ際の重要な判断基準となっている。ハローワークの求人票にも記載欄があり、「実績なし」の企業は敬遠される傾向が強い。高校生の新卒採用でも、学校対応の遅れが企業の命取りに法を上回る工夫が企業の魅力に側から男性育休取得の実績を問われるケースは少なくない。
加えて、男性の育休取得率などの公表義務が従業員数1000人超から300人超の企業に拡大し、より多くの企業における取り組みが社会の目に触れることになった。さらに、次世代育成支援対策推進法と足並みをそろえて100人超となる可能性は十分にある。対応の遅れは企業イメージの低下につながりかねない。
「今後、労働力人口が減少する中で、“人が集まらない会社から淘汰されていく”という危機感を持つことが重要です。魅力的な労働条件を提示できなければ、企業は選ばれなくなる」と内山氏は警鐘を鳴らす。
法を上回る工夫が企業の魅力に
大企業との採用競争において、給与や休日数で差がある中小企業でも、働き方の柔軟性によって魅力を打ち出すことは可能だ。
杉浦会の顧問先企業では、フルタイム勤務が難しくなった従業員に対し、子どもの夏休みなど長期休暇の期間だけ短時間勤務を認める制度を導入。この柔軟な仕組みにより、従業員の離職を防ぎ、職場の負担と本人の収入減を最小限に抑えることに成功した。
他にも、従業員に孫が生まれた際の特別休暇や、育児短時間勤務を小学校卒業まで延長した事例がある(法律上の義務は3歳まで、選択的措置で小学校就学まで)。法律を上回るこのような独自の取り組みは、求人票に記載することで他社との差別化になり、「人に優しい会社」というポジティブなイメージにつながる。
法改正は複雑化しており、育介法だけでなく、労働基準法や男女雇用機会均等法、ハラスメントに関連する法律など、複数の法律が絡み合う。このため、自社だけでの対応は難しく、社会保険労務士など専門家との連携が不可欠になるだろう。
最後に、杉浦氏が法改正への取り組みのヒントを教えてくれた。
「法改正を単なるコストや義務として捉えるのではなく、従業員満足度と企業競争力を高める重要な“投資”と位置付け、計画的かつ積極的に取り組むことが求められています」
社会保険労務士法人 杉浦会
社会保険労務士 杉浦孝晴 代表社員(右)
特定社会保険労務士 内山広也 副所長(左)
経営理念は「正義の追求」。地域密着型の社会保険労務士法人として40年以上の実績を持ち、労働保険・社会保険の手続きや給与計算の代行などの基本業務に加え、各種助成金の提案・申請、給与体系や評価制度の構築、就業規則・給与規程・退職金規程などの整備支援を幅広く行う。近年は法改正対応に関するアドバイザリー契約も手掛け、企業の人事・労務体制を総合的にサポートしている。
●浜松市中央区曳馬
HP:https://www.sugiura.net/