7月号 特集2)バックオフィス業務のデジタル化で新規事業推進の余地を生み出す(株式会社サカナカケル)
卸売りから、小売り・飲食・ECに踏み出した魚屋の挑戦
バックオフィス業務のデジタル化で新規事業推進の余地を生み出す
DXには、必ずしも大々的なシステムやデジタル技術の導入が必要なわけではない。比較的気軽に利用できるサービスにより課題解決の糸口をつかめるケースもある。クラウド会計システムを採用し、バックオフィス業務に割いていた時間を新規事業に振り向けることで売り上げの柱を築いた、魚の卸売りおよび小売業等を営む事業者を取材した。
ーーーーー
鹿児島県鹿屋市に本社を構える魚屋、株式会社サカナカケルは、DXを契機に事業の方向転換を図り、確かな成長軌道に乗った企業として評価されている。この変革を先導したのは、2024年に代表取締役に就任した出水田一生氏だ。
出水田氏が家業の跡継ぎとして同社に入社したのは2014年のこと。当時、会社の財務状況は想像以上に厳しいものだったという。
「売上高は全盛期の5分の1にまで落ち込んでいました。うちの会社はずっと病院や学校への鮮魚の卸販売のみで売り上げを立てていたのですが、複数の顧客が食品をより安価で提供する大手に切り替えたことが響いたようです。このままではまずい、僕が何とかしなければと強く感じました」
一方で、魚屋の業務に加えてバックオフィスを担当し、さらに外部の交流会にも積極的に参加していた同氏は、会社再建のための時間をうまく確保できずにいた。特にバックオフィス業務は帳簿や伝票などを全て紙で管理していたため、休日返上で作業しなければならないほど煩雑を極めていた。
DXの発端は税理士の変更
苦しい状況を打破するチャンスが訪れたのは2018年。有限会社から株式会社への商号変更を機に税理士も変えることになったのだ。
「以前から、クラウド会計システムを導入すればバックオフィス業務の負担を軽減できるのではないかと考えていたんです。取り入れるなら、新しい税理士と一緒に仕組みを再構築できる今しかないと思いました」
それからは帳簿や伝票をクラウドで管理するようになり、手書きの必要がなくなった。また、銀行口座やPOSレジとの連携で出入金確認の手間を大幅にカット。経費精算や請求書の作成、勤怠管理も同じクラウドシステムを使い、空き時間で効率的に作業できるようになった。
卸売り専門の魚屋から小売り・飲食を加えた三刀流へ
DXによって時間を手に入れた出水田氏は、一般客向けの新規事業を立ち上げていく。
まず地元の人に対し、魚の切り身や総菜などを提供する「出水田鮮魚」と、アジフライが売りの「出水田食堂」をオープン。続いて、全国の消費者へ水産加工品を販売するオンラインショップを開始した。中でも干物は企業からも好評で、県の伴走支援プロジェクトの一環で参加した商談会では、有名小売企業や百貨店との取引を成功させた。
現在、同社の事業別売上比率は、卸売りが5割、ECを含む小売りと飲食が5割。DXによって築いた新たな売り上げの柱は、徐々にその高さを伸ばしつつある。
また、一般消費者との接点が増えたことで、採用にもポジティブな影響が波及。以前はベテランの男性従業員が大半を占めていたが、現在では20~30代の若い世代、特に女性の割合が上昇した。元パティシエの女性スタッフが「寿司ケーキ」を開発するなど、新しい感性が魚屋に良い化学反応を引き起こしている。
出水田氏は自身のDXの取り組みをこう振り返る。
「トップには、多少強引にでも変革を起こそうとする気概が必要だと実感しました。社内で孤独を感じる場面もありましたが、DXのセミナーなどで出会った仲間の存在に助けられています。同じ課題意識を持ち、意見や情報を交換できる人がいるのは心強いです」
DXに取り組みたくても何から始めたらいいか分からない人は、その考え方に触れ、同志にも出会える場に赴くことから始めてみてはいかがだろうか。
株式会社サカナカケル
出水田一生 代表取締役
1974年創業の魚屋。鹿児島県内で水産物の卸売り、小売り、 飲食、ECを営む。3代目の出水田一生氏は大学院、ビジネス スクールを経て、2014年に有限会社出水田鮮魚に入社。 2024年に代表取締役に就任し、株式会社サカナカケルへ商号 変更。「全国中小企業クラウド実践大賞2022」総務大臣賞受賞。
●鹿児島県鹿屋市新川町
HP:https://www.izumidasengyo.com/