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胃カメラ

胃カメラ現代医療に不可欠な胃カメラは、東京大学附属病院の外科医・宇治達郎博士の発案をもとに、浜松市中野町出身の杉浦睦夫氏によって開発されました。
静岡県立浜松第一中学校(現在の静岡県立浜松北高校)を卒業後、東京で写真を学んだ杉浦氏は、昭和13年(1938)、オリンパス光学工業株式会社に入社し、写真機や顕微鏡などの研究開発に従事。
その後昭和24年(1949)に、胃カメラの開発に取り組むことになりました。

当時、胃の病気の診断には、レントゲンと胃鏡の二通りの方法があったのですが、レントゲンでは胃の内部の壁の様子まではわからず、また、胃鏡では食道を破るなどの危険がありどちらの方法も短所を抱えていました。

胃カメラといっても最初はどんな方法をとればよいかも分からず、研究は難航していましたが、「胃の中は暗室。光とレンズ、フィルムさえあれば写真は写る」という杉浦氏の考えで光が見出され、胃の中に入れるゴム管やフラッシュ用の小型ライト、レンズなど苦心を重ね研究が続けられた結果、昭和25年(1950)11月、遂に胃カメラが完成しました。

胃カメラは後に「内視鏡」と呼ばれるようるなり、管路を通して様々な形状の処置具を入れる処置方法が普及したほか、その技術は目視で撮影できるファイバースコープやモニター観察が可能なビデオスコープへと発展して、世界で多くの人命を救っています。

杉浦氏は昭和61年(1986)に68歳で亡くなりましたが、母校である中ノ町小学校に功績を称えた顕彰コーナーが設けられ、平成2年(1990)には「胃ガン・胃潰瘍の早期発見に著しい成果をあげ世界の医学発展に大きく貢献した功績」により、共同研究者の宇治氏や深海氏と共に、吉川英治文化賞を受賞しました。




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