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1.災害サイクルに乗れるか判らない
災害のプロセスを簡単に説明するときによく使われるのに「災害サイクル」がある。これは平常時→災害の発生→緊急対応→応急復旧→復旧・復興→平常時というプロセスを経て、すなわち今の時期は次の災害に備えるときであるというものである。ところが皆が皆この災害サイクルに乗っているとは限らない。災害が発生して不幸にして亡くなれば、その人にとっての次の災害サイクルは無いし、商工業にしても技術者を失ったり、施設の被害を受けたり、立ち退きを迫られたりした結果、経営がどうしても成り行かないことも生じる。
2.消え去った店舗
阪神淡路大震災においては全半壊20万棟、一部損壊20万棟に及ぶ建物被害を受けた。多くの建物が壊れたということは、様々な店舗も被害をうけたということである。神戸の中心部6区の商店街・小売市場についての調査結果(i)によれば、商店街と小売市場の合計11,651店舗のうちの35%が全壊している。それらの店舗のうち64%は半年以内に再開しているが、その後の伸びは遅く、震災半年後から一年後までに再開した店舗は12%、次の1年半の間で再開できた店舗はわずか5%に過ぎない。図1を見てわかるように、地震後2年半で店舗の再開率は伸び止まっており、2割の店舗は再開を果たしえなかったことを示している。

3.地場産業:ケミカルシューズの場合
地域の産業、いわゆる地場産業も震災の影響を強く受けている様子を見てみよう。長田区を中心とするケミカルシューズ業界の震災前後の状況を示したのが図2(ii)である。
ケミカルシューズ業界は全国生産量の6割近くを占める神戸の代表的な地場産業である。図2のうち1991年を100とした生産量(足数)の推移を見ると、地震以前もその生産量は徐々に低下してきていたが、地震によってさらに半減した。それと共に従業員も半減したことがわかる。また全国シェアもそれに伴い当然に低減した。その後徐々に生産量、全国シェアも緩やかに回復し、地震後4年かかってほぼ以前の全国シェアに近づいている。しかし一旦半減した従業員数は再び雇用されることはなく、企業数も減少を続けている。

4.災害になぜ備えるか
ここで見てきたのは災害による企業の影響のごく一部である。なぜ災害に備える必要があるのであろうか。それはここに見られるように企業の存在そのものが危うくなるからである。誰もが災害サイクルに乗れるのではない。乗りそこなったものはその世界から消えていくことになる。
小川 雄二郎 プロフィール
| 1944年 8月 |
東京生まれ |
| 1970年 3月 |
東京都立大学大学院工学 研究科修了 |
| 1983年 12月 |
東京大学博士(工学)
国連地域開発センター研究主幹、
アジア防災センター所長を経て2002年から現職 |
専門:都市防災、国際防災協力、文化財防災 |
※参考文献
i. 阪神・淡路大震災復興誌第3巻P433、(財)阪神・淡路大震 災記念協会1997
ii.兵庫県の地場産業平成14年版(財)兵庫県中小企業振興公社 |