
「どうしよう、壊れて出ない音がある」…浜松で初めてオルガンが生産されたきっかけは、浜松尋常小学校で大切にされていたアメリカからの輸入オルガンが壊れた時、明治20(1887)年のことです。当時医療器械の修理工をしていた山葉寅楠は、修理と同時にオルガンの構造を模写し自らオルガン製作を決意。飾り職人をしていた河合喜三郎と二人三脚で2ヶ月かけて第1号を仕上げました。二人は天秤棒で東京まで運び審査を受けましたが調律が不正確。そこで約1ヶ月間音楽理論を学んだ後、再び寝る間も惜しんでオルガン第2号の製作に取り組みました。そしてついに、アメリカ産にひけをとらないオルガンを完成させたのです。 明治30年、寅楠は日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)を創立。33年には技師、河合小市のピアノアクションの完成で、ピアノ製造に成功します。昭和2年、小市は愛弟子7人と独立し、 河合楽器研究所(現株式会社河合楽器製作所)を設立。その後、楽器産業は浜松に定着し現在では全国のピアノの100%を生産しています。 ※平成8年の浜松のピアノ生産 142,364台・約483億円(浜松商工会議所「浜松経済指標」より) 【もくじに戻る】 |
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